【連載】つくるしごと vol.2 ー 高須光聖「番組づくりの種は、日常をおもしろがること」

放送作家、ラジオパーソナリティ、脚本家…幅広いステージで常に新しいものづくりに挑む高須光聖さんにお話を伺いました。『ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!』『水曜日のダウンタウン』をはじめ、手がけるテレビ番組はどれもコアなファンのみならず、多くの視聴者の笑いと熱狂を生み続けますが、高須さんのものづくりの核は至ってシンプル。そこには、日常の「おもしろい」をどこまでも追求する姿がありました。

【連載】つくるしごと :ものづくりを手がけるプロフェッショナルに、そのお仕事との向き合い方について、お話を伺います。

取材の日


すこし奥まった、緑の多い閑静な路地を歩き、高須さんの待つオフィスをさがしました。いつにない緊張感に襲われながら現場に向かいます。

まだ空は明るいはずでしたが、夢中で話した取材後、同じ道を帰るころには、すっかり辺りは暗くなっていました。

「なんでも聞いてください」


「高須です、どうも」とにこやかに迎え入れてくれた高須光聖さん。レザーのジャケットと、聞き慣れた声。恐縮しながら正面に向かうと、腰を掛けると同じタイミングで「なんで、ぼくに?(笑)」と、まず尋ねられます。

ずっと「高須さんがつくられたもの」で育ってきて、ファンでした。どうしてもお話を伺いたくて。…緊張しています。

正直にお伝えすると、「あら、ありがとうございます。緊張なんて、とんでもないですよ(笑)」と、こちらの少々熱すぎる想いを察するように机の上のパソコンを閉じて、向かい合ってくれます。

高須さん
なんでも聞いてください、極力なんでも話しますから!(笑)。

放送作家のはじまりは「成り行き」

高須さんが関わられた番組の数々を、本当にたくさん見てきました。25年以上、たのしませていただいてると思うんです。
高須さん
ああ、うれしいです。ありがとうございます。わあ、そう考えると長くやってますね、この仕事も(笑)。

高須さんは「誘われて」この世界に入られましたよね。もともと憧れのようなものはお持ちだったんですか?
高須さん
全然!(笑)。考えたこともなかったですね。映画が好きやったんで、「映画監督」という仕事には憧れてましたけど、それも「映画監督ってええなあ」という程度で。本心でなりたかったのかと言うとまた違って、ちょっと「カッコつけたくて」言ってただけのような気もするんですよね(笑)。なんか、そういうのってあるじゃないですか。

ご自身でなにか撮られたことも?
高須さん
恥ずかしいけど、ありましたね(笑)。友だちと撮影したフィルムをどっかの映画コンテストに送ったりしてね。もちろん、かすりもしませんでしたけど。いい青春のひとコマで終わりましたねえ(笑)。だって、卒業したら、なぜかぼくは雑貨屋になるはずやったんですよ。

高須さんが「雑貨屋さん」というのは、今となると不思議な気がしますよね。
高須さん
そうですよね(笑)。だけど、そのときは本当にそのつもりで。大学の卒業旅行でインドに行ったんです。そこで、インポート雑貨屋さんをやろうとしてる人と知り合って。10歳以上歳上の人でしたけど、意気投合しちゃったんですよね。「うちで働けば?」って言われたのがすべてのはじまりです。最初は「え!?」という感じでしたけど。もともと就職する気もあんまりなくて、「映画監督になれたらなあ」なんていい加減に考えてたもんですから、「まあ、海外に行っていろんなもの買い付けたりするのも、嫌いじゃないかあ」ぐらいの気持ちで、何年かそこで働いてみようかなと思ったんです。

二つ返事で、引き受けられたんですね。
高須さん
そう。すぐ「働きます」って返事しました。だって、1年の3分の1は海外の好きなところに行っていいって話なんですよ。夢みたいじゃないですか。大学卒業後は「これで決まりや!」と思ったんです。ところがですよ。

高須さん
卒業したら、その人が肝炎になってしまって。突如として、その道が途絶えちゃったんです。お金もないし、アルバイトでもせなあかんなあと考えてたときに、たまたま松本(ダウンタウン)から電話があったんですよ。

友人・松本人志

ダウンタウン・松本人志さんは、高須さんにとって小学校からのご友人です。

それは久々だったんですか?
高須さん
そうですね、もう何年かぶりでしたよ。ラジオの収録で東京に来るという話で。「だったら会おうか」って。中野坂上で待ち合わせしたのを覚えてます。

高須さん
ご飯食べながら、お互いの近況を話し合ったりして。ダウンタウンも、当時は「まだまだ東京じゃ見向きもされへんわ」と。とは言え、少しずつ仕事は増えてきたし、番組のことだとか自分ひとりじゃ考えきれへんことが増えてきた、と。「ブレーンみたいな人が欲しい」と言うんです。

それがはじまりだったんですね。
高須さん
ぼくも仕事がなくて、どうしようかと思ってたときだったんで。本当に、タイミングですよね。成り行きでこの世界に仲間入りして、放送作家になったという。それが、いつの間にかこんなに長くやってるんですからねえ。

 

高須さんと松本さん。後に長く長く続くお二人の、24歳の日の再会でした。

「放送作家」としての人生がはじまるわけですけど、すぐに仕事のおもしろさを体感できましたか?
高須さん
いえいえ!(笑)。実はね、最初の半年くらいで辞めようと思ったんです。

あら。
高須さん
ねえ、早いでしょ(笑)。自信をなくしてたと思うんです。自分が「これは、おもしろい!」と思うことに対して、どうも周りの反応が悪いと。これは、向いてへんと思ったんですよ。

フォーカスが合うとき

意外でした。最初は悩まれたんですね。
高須さん
そう。それで松本にも相談したんですよ。「どうも、会議で話されてる内容と自分がおもしろいと思うことが違う」とか「自分が話したときの反応が良くない」だとか。「もしかして俺はこの仕事に向いてないんちゃうか?」みたいな。

松本さんのお返事が気になります。
高須さん
松本はね、「いやいや大丈夫や」って言うてくれるんですよ。「ほんまか?」と(笑)。「友だちやから言うてくれてんのちゃうの?」と疑うんですけど、「いや、大丈夫や」と「絶対大丈夫や」って。だからなんとか留まったんですけど。

高須さん
ぼくは、根本的なところがわかってなかったんです。というのは、「実現しそうにもない面白いこと」ばっかり永遠と喋ってたんですよ。飛行場を貸し切って、数台のジャンボジェット機で「だるまさんが転んだ」やろう!とかね(笑)。「お前の言ってることは絵空事や」と。「そんなもん誰が撮れんねん?」「そんなとこでロケできるか!」「誰が運転すんねん!」みたいなことばっかりを。

現実的な「絵作り」が二の次だったんですね(笑)。
高須さん
そう、それを一切考えられてなかったんですよ(笑)。小説やマンガのひとコマなら書けるんでしょうけど、テレビですもんね。それがようやくわかってきたころですかね、提出した3個の企画のうち、2個が通ったりして。うれしくてねえ、「こういうことか!」と。なんとなく採用されるコツというか、フォーカスが合ってきた、というのを感じたんですよね。そこからは、どんどんおもしろくなって。

採用されれば、テレビで放送されてみんなが見るんですもんね。
高須さん
そうですね。採用されたものが企画になって、演者が演じてくれて、映像になる。オンエアを見ると、クレジットに自分の名前が載ってるわけですから。やっぱり、うれしいですよね。翌朝みんなが「あれ、おもろかった!」って言うてくれてるのを、電車の中で聞きながら喜びを噛み締めたりして、どんどんどんどんたのしくなってくるんです。

『ダウンタウンのごっつええ感じ』

とっても幸せですね、そういう声を実際に聞けるのは。そんな状況のなかで、高須さんは「調子に乗ってしまう」ということはないんですか?
高須さん
そこからですよねえ。トントン拍子に仕事が増えたので、ちゃんと「天狗」になったりもしましたよ。30歳手前ぐらいのときかなあ。「俺は、ちゃんと睡眠さえとって、プレゼンの場に行くことができれば、企画はすべて通るんだ」というようなね。図に乗ってたんですよ(笑)。

ノリノリでも、やっぱり睡眠は大事なんですね(笑)。
高須さん
睡眠はめちゃくちゃ大事やと思ってて(笑)。たとえば、作家や演出家が何人か呼ばれたとして、企画を考えてブレストするなんてことがあるでしょ?しっかり寝てさえいれば、いくらでも自分は面白いものを思いつくような気がしてて、「ちゃんと寝てりゃあ、最終的には自分の案が企画になる!」と本気で思ってたんですよ。

あははは(笑)。睡眠とご自身への信頼がとっても大きかったんですね。それは、「自信を持っている」というプロフェッショナルとして大事な要素のような気もしますけれど。
高須さん
たしかにね。ただ「自信過剰」ということもありますからね!(笑)。これは誰しもあると思うんですけど、スポーツ選手が「ゾーンに入る」みたいなことで。ぼくにとっては、それが『ダウンタウンのごっつええ感じ』という番組のときで。毎週宿題が出されるんですけど、自分が面白いなと思ったことをササッとメモをして、それをちょっと煮詰めて肉付けしたものを提案すると、全部通っちゃったりするんですよ。「特にがんばって考えてないのに!」「俺すげぇな!」って。たまたま調子がよかったことを、とても過信して。

コントロールは難しいですね。提案が通った先は、それがそのまま日曜20:00の放送に乗っかって、日本全国に届くんですもんね。みんなが見ていました。
高須さん
本当にね。それが、おもしろくてしょうがないという。調子にも乗っちゃいますよね。ただ徐々に、不安に思うこともありました。歳を取ったら、この力は無くなってしまうんちゃうかな、というような。それだけが怖かったです。

いくつもの反響を感じる幸せ

高須さんが「番組づくり」をされているなかでの喜びや興奮のピークは、やっぱりオンエア後の反響ですか?
高須さん
やっぱりそうでしょうねえ。もちろん視聴者の方に「よかった」「おもしろかった」と思ってもらえるのがいちばんですけど、反響というのは他にもあって。

「作り手」側のみなさんですね。
高須さん
そう。それもね、たとえば『ガキの使い(「ダウンタウンのガキの使いやあらへんで!」日本テレビ)』で『笑ってはいけない』というシリーズを毎年やってますけど、そこに女優の萬田久子さんに出演していただいたことがあったんですよ。萬田さんに「ヒロシのネタ」をやってもらうという(笑)。内容はこちらで考えるんですけれど、ニュアンスなんかも伝えて、完璧にセリフ入れてもらって、「ヒサコです…」とやってもらうわけです。実際に収録したらめちゃくちゃ面白くて、ゲラゲラ笑って。それで、オンエアが大晦日だったんですけど、そのあと深夜の2時くらいだったかな、ぼくの携帯に萬田さんから電話があったんですよ。「お?」となりますよね。

内容が内容だけに、放送後のお電話は不安ですね。
高須さん
でしょう?「怒ってるのかな!?」と思って。でも出てみると、「萬田です。今の時間まで電話とメールがバンバン来て、今まで出演したどんなドラマや映画よりも反響があったぐらいなんです。すごくたのしい経験をさせていただきました、ありがとうございました」って言っていただけて。これはうれしいですよ、本当に。

ちょっと、グッときてしまいました。まさに、冥利に尽きる、というような。
高須さん
そうなんですよね。ちょっと無理させてしまったかな、というとき。そんなふうに見てる人たちに喜んでもらえて、ご本人にもそんなふうに言っていただけるというのは。ありがたいのはこちら側なのに、本当に幸せですよね。

「いっしょにつくった人」からの反響もあれば、同業の方からのご意見なんかもありますよね?
高須さん
ありますね、それもうれしい。数年前、ふと思いつきで『6人の村人!全員集合(2014年 TBS)』という番組をやったんです。『ウンナンの気分は上々。〜FEEL SO NICE.(TBS)』のスペシャルをやってるときに、なにかおもしろい切り出し方がないかな、と思って。

そこで、苗字に「村」がつくタレントさんを集められた。
高須さん
よくご存知で。ぼく、「名前」って結構好きなんですよ。ぼくは自分の名前を説明するとき「高い低いの"高"に、須磨の"須"」って言うんです。関東にいるときは「横須賀の"須"」って言い替えるんですけどね(笑)。苗字とか、似てる名前とか…なんかそういうの考えるのが好きで、おもしろいなあって。そのなかで、ふと「"村"って、コントする人に多いな」と思ったんですよね。「志村(けん)」とか「内村(光良)」とか「三村(マサカズ)」とか「日村(勇紀)」とか。そこに、「田村(淳)」と「岡村(隆史)」入れたら、どないなるやろ?って考えたら、その6人がものすごくピタッとおもしろい気がしたんです。

いい意味で、ちゃんと「違和感」もあり。
高須さん
そう、そんな組み合わせ見たことないしね(笑)。苗字に「村」がついてるというだけで集められた人たちで旅をしたらおもしろいんちゃうか、というのが『6人の村人』という番組の企画なんですけど。じゃあ、どの局でやればいいかと。最初は「できない」なんて言われたりもして。

どういった理由ですか?
高須さん
なぜなら、キャストみんなレギュラー番組の多いひとたちなので、ロケのスケジュールを合わせるのも難しいし、MCクラスのメンバーだからオンエアするときに必ず何かしら裏番組にぶつかっちゃうと。これは無理やなあ、となってたんですけど、TBSがやろうって言ってくれて。オンエアの枠も決まらぬまま、準備がはじまったという(笑)。そんななかでキャストも全員出演を承諾してくれて。うれしかったですねえ。

すごく贅沢な企画でしたよね。反響も大きかったんじゃないでしょうか。
高須さん
そうですねえ。とんねるずの石橋貴明さんとたまたまお会いしたときに、「『6人の村人』おもしろかったよ。あれ高須くんでしょ」ってわざわざ言ってくださって。そういうのもまたうれしいじゃないですか。

「見てくれてたんだ!」というよろこびもありますね。
高須さん
そうなんですよ。

あの番組は、「次回もやりましょう」と幹事を決めて終わりましたよね。ずっと、その「次回」を待ちながら、わたしは録画を見続けていますよ。
高須さん
わ!(笑)。それはそれは。あれ、いつになったらできるんですかね?(笑)。

神の仕事、エンタテインメント

キャストの方にしても、テレビ局にしても、自らが考えた企画に「乗ってくれる」というのは、もちろん高須さんへの共感や信頼でもあるでしょうし、お仕事のなかでも大きな喜びではないですか?
高須さん
本当そうですよね。みなさん調整も大変なことですから。それでも乗ってくれて、キャストもスケジュールも決まって会議で「どうするか」「こうしたらどうか」なんて言い合って、かたちにしていくっていうのが、やっぱりすごいたのしいですね。

高須さん
判子を捺してもらえた瞬間、っていうんですかねえ。番組が完成するときは、もう「みんなのもの」ですから。たくさんの方の手によって番組は出来上がるものなので、完成するころには、自分の手からは離れているような感覚もあるんですけど、自分で思いついて「これ、おもしろいかも!」ってワクワクしている状態が冷めずに、みんなに共感してもらえて、「やろう!」とスタッフもキャストも集まって、会議がスタート!というのが、いつまで経っても本当にたのしいんですよ。たのしさのピークはそこ。喜びとかありがたいなあ、というピークは完成した番組を見て喜んでもらえたとき。その二つですね。

たくさんの方を巻き込んでものづくりをされているなかで、「これだけは」と心得られてることってありますか?
高須さん
ぼくね、原稿が進まなくてしんどいときに、とあるプロデューサーからおしえてもらったことがあって。その方は、小説を書く仕事もされてたんですけど「"物書き"の、なにがたのしいのかがわかったよ」と。「"物書き"っていうのは、神様と同じ仕事ができてるんだよ」って言うんです。

神様と同じお仕事。
高須さん
要するに、自分の想像通りにすべてを動かせると。勝手に台本のうえで、人を恋に落としたり、涙させたり、重篤な病の人を元気にさせられたりもするわけなんです。それはコントも同じで、想像のままにありもしない場所のありもしない出来事を見せて、人に笑ってもらってるんですもんね。舞台も番組も似たようなものです。俯瞰で見ると、神様の優越感と何ら変わらないことをさせてもらってる。実際に動いてくれる人がいて、しかも、それを見てくれる人がいるんだと。こんなありがたいことって、なかなかないですよね。そこを、わかっとかないかんな、というのは常に思ってますね。

まるで自分が操っているように、ものづくりに協力してくれているひとがいる。その感謝と快感ですね。
高須さん
そう。それからもうひとつ。使命というか、われわれの仕事は何なのか、というところなんですけど、折に触れて思い出すことがあって。

高須さん
ずいぶん前なんですけど、関西で番組つくってたときに、不良学生の多い中学校の先生に取材をしたことがあったんですよ。その方は、生徒からすごく好かれている定年前の先生で。だけど、ぼくから見たら、とても不良の学生たち渡り合えるような強そうな先生には思えない。それで、つい取材中に「怖くないんですか?」って聞いちゃったんですよ。そしたら、その先生が「全然!ここにいる生徒たちは、ものすごくエネルギーがあるんだよ。あり過ぎて、調整の仕方がよくわかってないだけ。そのエネルギーをちょっと微調整してあげるだけで、すごく将来がたのしみな子たちばっかり。だから、彼らは宝物なんだよ」って言うんです。

これまでのご経験で、すべて承知されてるんですね。
高須さん
そう。だけど「それよりも問題なのはね、」と続くんです。「いちばん不安なのは、自分たちが何を言っても何も返ってこないような子なんだよ」と。反発があればいいんです。でも、それも無い子ですね。それで、「それを動かすのが、エンターテインメントだよ」って。「人を何かの行動に移させるような魅力を持っているのが、あなたたちのやっているエンターテインメントなんだよ。それは、ぼくらにはできないことだから、あなたたちの仕事は本当に素晴らしいんだよ」って言ってくれたんですよ。

このお仕事の魅力が、その言葉に詰まっていますね。多くの人に届けて、ときに人を動かす、という。
高須さん
まさに、そういうことだなと思って。自分を奮い立たせるときに思い出すようにしてる言葉ですね。どちらも。

地上波と新しい挑戦

放送作家としてデビューされて30年以上が経ち、ご活躍の幅はさらに広がっています。

最近では、Amazonプライムビデオのような「動画配信サービス」の番組をご担当されることも増えてきましたよね。地上波との違いは感じられますか?
高須さん
結構違うんですよね。それは、YouTubeにしてもYahoo!の動画企画にしても。よく言われるように、地上波よりもやっぱり自由度が高いというのはありますね。あとは観てくれてる方の層も、地上波より若いように感じますね。そういう意味だと、かつて地上波で放送していたような、あるいはそれ以上に「元気な企画」が出せるというのは、おもしろいところですね。

地上波だと、怒られそうな企画もたくさん手がけられていますね(笑)。
高須さん
本当に。Amazonプライムビデオなんて、「よくやらせてくれてるな」なんて思いながらね(笑)。あんなの地上波じゃ絶対無理だもん。

新しいプラットフォームの台頭は、大歓迎ですか?
高須さん
世の中はどんどん変わっていきますし、選択肢も増え続けますもんね。そういう場所でこそ、見たこともないような新しくておもしろい企画が生まれそうな気がするので。もちろん地上波には地上波の大きな魅力がありますし、どちらも大事にしながら、そういう状況をたのしんでいたいというのはありますね。

新しい場所は、チャレンジができる場所でもありますよね。
高須さん
そうなんですよね。それはネットコンテンツだけじゃなくて、たとえばCMを絡めた番組企画だとか、番組から離れて地方創生とか企業のブランディングの仕事であったり。いろんな「新しい」が増えてきました。世帯単位で見てもらいたい地上波と、若いころの自分の脳ミソを一生懸命蘇生させながら生み出さないといけない動画配信サービスの番組、それ以外の試み、それぞれを頑張るというのは、自分への挑戦もありますし、おもしろいですよ。意外と自分の中で閉じ込めてるものって本当に多いと思うんです。知らないうちに「こんなのはダメ」って枠の中で考えてしまってるのでね。

解放できる場所があるのはいいことですね。
高須さん
欲張って、いろんなものに手を出していたいというのはありますね(笑)。

悩みは「みんないっしょ」

若いころのお話で「この力はいずれ、無くなるんじゃないか」という不安があったとのことでしたが、いま年齢を重ねられて、実際はいかがですか?
高須さん
それはね、やっぱり当時と比べたら「たくさん考えないといけない」というのは確実にあると思います。もちろん経験が功を奏することもありますし、ポンっと出たものがおもしろい場合もあるんですけど、やっぱり「経験が邪魔をする」という場合も大いにありますしね。そういう意味じゃ昔のように「たくさんの企画を一瞬で考える」というのは難しくなってるはずです。

「出ないとき」は、どうされてるんですか?
高須さん
ひたすら考えるのみですよね(笑)。でもね、家からちょっと離れてブラブラするとかシャワー浴びたりとか歯磨いたりとか、リフレッシュすると案外良かったりしませんか?

ありますね。ちょっと席を離れて戻ると「あれ?」となるような。
高須さん
そうですよね。日常の中にヒントがいっぱいありますしね。だけど、受験勉強のときと同じように未だに「今やらんでいいこと」に逃げることだってあって。

部屋の掃除でしょうか…(笑)。
高須さん
そう!あれは、なんでしょうね(笑)。引き出しの掃除とか、衣替えとか。関係ないネットの記事をずっと読んだりとかね。「何やってんねやろ?」と思いますけど、そうやって関係ない時間を過ごしながらも、考え続ける毎日ですよね。人と話す、というのも結構いい気がしますね。相手の言葉を取り込んで、新しく考えたり、自分の中のものを出して整理したり。ただ、やっぱり放送作家ってひとりで家で考える時間も長いんですよ。唸っては、部屋の掃除して(笑)。どうしたもんかなあ、と。今年に入って、子ども(2人目)も産まれて、上の子もまだ4歳半なので、いちばん大事な「睡眠」もやっぱり削りながらですよね(笑)。それでも捻り出さないといけないときがある。

誰しもいっしょなんですね。ようやく捻り出したものでも、共感を得られないことってありますか?
高須さん
あります!あります!(笑)「え!?すごい考えたのに!?」というね。それも、きっとみんないっしょ。でも、まあ自分自身で「これは絶対におもしろい…!」と思えてるものなら採用されますからね、どこかできっとわかってるのかもしれないですね(笑)。

大切なのは「おもしろがること」

若いクリエイターさんや演者さんから刺激を受けたりすることはありますか?
高須さん
たくさんありますね。ぼくは、西野(キングコング)が大好きで、よくいろんな話するんですよ。これまでは、「○○芸人」の枕につくのは「お笑い芸人」しかありませんでしたけど、もう時代は変わって、「お笑い」しかやらない芸人って減ってくるだろう、とかね。要は、企画力で人の心を惹き付けられる人たちの集まりなんで、いろんなことを手がけていく時代になるんだと思うんです。「話せる」「想像力が豊か」「人の気持ちを惹き付ける魅力がある」っていうのを武器にすれば、サービスだってつくれるし、会社だってつくれる、これまでにもいましたけど政治家になる人も増えるかもしれないですしね。

西野さんは、ブログのタイトルひとつとっても、想像力や言葉選びをもって「惹きつける」ということに、とても長けたらっしゃるように感じますね。
高須さん
ね。いろんなひとが、いろんなものづくりをする時代って、想像するだけでもおもしろいですよね。

他にも高須さんが、いっしょにものづくりしたいな、おもしろいな、と思う人に共通点はありますか?
高須さん
「ちゃんと、たのしんでること」かな。ぼく、あんまりネガティブなのが好きじゃないんですよね。誰だってそうでしょうけど、「この仕事おもしろい!」「これ、たのしい!」と思ってる人と仕事したいですね。「どうでもいいなあ」と思いながら時間使うことほど、無駄なことってないと思うんで。ものをつくるうえでも、そこは大事なポイントだと思いますね。

お話を伺っていると、「たのしい」「うれしい」「おもしろい」というような、仕事では思わず忘れてしまいそうになる、当たり前の原点のような感情をとても大切にされていますよね。
高須さん
おかげさまで、自然とそう思えるような仕事や現場に恵まれている、というのもあるでしょうけどね。あとは、恥をかいたり、大きな失敗したり、仕事やそれ以外でも何かと日常的にリスクってあるじゃないですか。でも、おもしろいことが好きな人って、そういったものを自分の1エピソードとして回収できる力を持ってると思うんですよ。なんだって「人生においての土産話」ですから、「大きな失敗をしても損は無い」と考えるようにしてますね。なんでも、とにかく「おもしろがる」ことが大事やなと。それが新しいものを生むでしょうし。だから、日々のどんなエピソードも、なんでも宝物みたいに思っていいと思うんですよね。

すごく救われる発想ですね。日常も失敗も恥も「おもしろい」に昇華できれば「勝ち」。
高須さん
本当にそう思うんですよね。いいものが意外なところから生まれるということもありますし。どんなにマヌケなことだって、いつかどこかで、ちゃんと回収できればいいわけなんです。

高須光聖(たかすみつよし)
1963年12月24日生まれ。幼少の頃よりダウンタウンの松本人志と浜田雅功と親交を深め、大学卒業後、 彼らに誘われ24歳で『4時ですよ~だ(毎日放送)』にて放送作家デビュー。他に作詞家や脚本家、ラジオパーソナリティなど幅広いジャンルで活躍。

取材・文 / 中前結花  撮影 / 古謝知幸