【連載】つくるしごと vol.5 ー 阿部了「“あるがまま”に向き合うだけ」

日本全国を回り「お弁当の写真」を撮り続けている写真家・阿部了さん。写真の道に進まれたきっかけや写真家としての被写体との向き合い方についてなど、たっぷりお話をうかがいました。

【連載】つくるしごと:ものづくりを手がけるプロフェッショナルに、そのお仕事との向き合い方について、お話をうかがいます。

「お弁当の写真」といえば、写真家・阿部了さんが頭に思い浮かぶ人も多いのではないでしょうか。ご活躍の一部を挙げるならば、ANAの機内誌『翼の王国』で連載されている「おべんとうの時間」は13年目に突入。NHKの人気番組『サラメシ』では働く人のお昼ご飯を激写する“お弁当ハンター”としてご出演されています。

そんな阿部さんの写真は、どこか素朴でいて、かつ目を奪って離さないような力強さがあるのです。一体その理由は何なのか、お話をうかがってきました。

今回、取材場所としてわたしたちを招いてくださったのは、都内にある阿部さんのご自宅兼、事務所。近くには、天然記念物に指定される植物群落をもつ「三宝寺池」が広がる、自然豊かな地です。

美しい新緑の道を抜けて、阿部さんのご自宅へ。

写真家以前

阿部さんは「お弁当」の写真をたくさん撮られていますよね。わたしは人のお弁当を見るのが大好きなんです。

阿部さん
同じだ(笑)。お弁当の写真を撮りはじめるよりずっと前から、なぜなのか、人が食べているものって気になって気になって。覗き見、じゃないけれど、お弁当ってその人の「日常」を知ることができる気がするし、人としてより身近に感じることもあったりして、おもしろいんですよね。

現在、雑誌の連載、テレビ出演、書籍の発売や個展など、幅広く活躍されている阿部さん。写真家の道に進むことを決めた“きっかけ”をおうかがいすると、意外にも「昔から写真家になりたくてなった、というわけではないんです」とのこと。

写真家になるまで、をお聞かせいただけますか。
阿部さん
はい。遡ると高校受験のときに「海の生活しませんか?」というコピーにひかれて、船乗りの学校に入学したんです。就職をするタイミングで先生に「欠員が出たから、気象観測船の機関員にならないか」と声をかけられて。僕は乗りもの酔いとか、船酔いとかすごくするタイプなんですけど、おもしろそうだな、やってみるか!と船に乗ることに決めました。

 

まさか気象観測船で働かれていたとは。どんなことをされていたのでしょう。
阿部さん
基本的に天気が悪いところへ行って観測をします。台風や大雪のときに海へ出て、衛星だけではわからない部分を観測、調査するんです。荒波に揺られまくって船酔いもすごくて、すぐに10kgくらい痩せましたね(笑)。そんな船上生活の中で、僕がハマっていったのは「料理のおもしろさ」でした。

観測船の中にはシェフのいる食堂があったものの、深夜勤務のための夜食は自分たちでつくっていたそう。

阿部さん
船に乗っているので、釣った魚をシェフに教わりながらさばいたり。カレーのメニューが多い中で、夜勤のみなさんのために、ちょっと時間をかけてアジフライやイカフライなど揚げ物をつくってみると、みんなから「阿部の食事がうまい」と言われたりなんかして。料理っていいな、と(笑)。思いきって、料理の道に進むことにしたんです。

機関員を4年で辞め、パリでシェフをしている親戚のもとを訪れることにした阿部さん。ロシアの客船ナホトカ号とシベリア鉄道を乗り継ぎパリに到着すると、親戚のおじさんからひと言「せっかくならこの辺を旅してきたら?」と提案されたのだそう。それもいいな、とヨーロッパ旅行に出かけた先でようやく、写真に目覚めたのだといいます。

「時代」の記録

 

一体、その旅で何があったのでしょうか。

阿部さん
ヨーロッパ旅行に出る前に祖父に「写真を撮ってきて見せてほしい」といわれて。コニカミノルタのコンパクトカメラとフィルムを持って出発しました。旅行中にカメラのことなんて意識してなかったはずなのに、ふと気づいたら、旅で出会った人たちとのコミュニケーションをたくさん撮影していた。ユースホテルで知り合った人が挨拶をしてくれるときの笑顔とか、すれ違いざまのアクションとか。途中で現像したら、すごい、名作だ…!と自分で感激したりして(笑)。写真をいちから勉強したい、と強く思ったんです。

帰国後、東京工芸大学短期大学部に入学した阿部さん。授業以外でもさまざまな写真家の作品集に触れたり個展に足を運んだり、と貪欲に写真を学ぶ日々を送っていたそう。

当時影響を受けたという写真集の一部。橋口譲二さんの『十七歳の地図』は日本全国の17歳を撮影したもの。「日本をこうやって切り取る方法があるんだな、と感激しました」。Richard Avedonの『In the American West』はモノクロのポートレート作品集。「一見おしゃれなファッション写真集なんだけど、1枚の写真にその人自身の個性、時代、メッセージが詰まっているんです」。

 

本当にたくさんの写真集がありますね。

阿部さん
学生時代にいろんな写真家の作品を見て、いろんな撮り方、見せ方があるんだと感じられたのはすごくよかったのかもしれないですね。たとえば写真家・Eugene Atgetという人は、淡々とパリの街角を撮影していて、それは画家のための記録写真なんですけれど。時代背景が写っていてとてもいいなと。時代は流れるけれど、その時代を記録できるというのは写真の大きな魅力だと思いました。

卒業制作では、そんな「記録」に的を当てたような作品を発表。それはひたすら友だちの部屋を訪ねて撮る、というものでした。

阿部さん
小学校からの友だち、シベリア鉄道で知り合った友だち、ダイビングの友だち、彼女の友だち、とかいろいろな人に協力してもらって、部屋の写真を撮らせてもらいました。当たり前だけど、部屋なんてただの四角い空間にすぎないのに、その中にあるもの、並べかたはみんな違っておもしろいなと。

 

まさに、記録ですね。そのままを写す、という。
阿部さん
そうです。僕は卒業後に、写真家の立木義浩さんのアシスタントについたんですけど、師匠がよく言っていた言葉で印象に強く残っているのが「写真のためのものはこの世にない」ということでした。写真のために存在するものは何もなくて、自分がそこに入っていって、あるがまま、おごることなく、そこにあるものと向き合うしかないんだということ。

 

あるがまま、向き合う。今の阿部さんの写真に通じるものがある気がします。

阿部さん
そうかもしれませんね。独立をしたとき、卒業制作で部屋の撮影をさせてくれたみんなの「今」を撮影したい、あのときの部屋と10年後の部屋とを並べたらどうかと思って、撮り溜めて開催した写真展が『四角い宇宙』です。

ひとりひとりに声をかけ、訪ね歩いて撮影された写真たち。2枚の写真を並べることで、その間に流れていた10年間に思いを馳せてみたり、日々の生活を感じてみたりと想像力をかきたてられるものに。

 

阿部さん
これを見ていたらね、ふとあるとき、部屋の四角い空間が弁当につながったんですよ。どちらも決められた四角いスペースの中に、自分の好きなものを並べたり、同じものはまったくなかったりするところが似てるでしょう。時代やその人の日常が詰まっている。僕自身が、単純に料理やお弁当が好き、ということもあるけれど、お弁当とお弁当を食べる人との写真を並べたらおもしろそうだなと思い、はじめたのがお弁当シリーズなんです。

瞬間を待つ

“お弁当と食べる人の写真を並べる”という渾身の企画を出版社に持って行ったものの、最初はどこからも反応がなかったといいます。

阿部さん
もう先に自分ではじめてしまおうと思って、撮影に出かけたのですが、すぐに「この企画は絶対にかたちになる」と確信する出会いがありました。

阿部さん
それが、この方。話をうかがうと、彼は毎朝採った牛乳を農協に届ける仕事をしていて、朝は早くて忙しい。どんぶりにラップを敷いて、ごはんと残りもののおかずをなんでも入れて、おにぎりをつくるらしいんです。すると、なんとなく自然と海苔が牛の模様みたいになっちゃうんだ、と話してくれて。最高でしょう?おにぎりひとつに、日常のストーリーがギュッと詰めこまれている。

阿部さん
5〜6年かけて日本各地を回り、80人ほどの方々に取材に協力していただきました。お弁当とそれを食べる人のポートレート、食べているところに仕事場面の写真、それとお話を聞くというスタイルはやりはじめたときから変わっていません。発表するところがなかなか決まらなかったのですが、2016年秋ごろですか。木楽舎の小黒編集長が「おもしろい。『翼の王国』で連載しましょう」と言ってくださり、今に至ります。

2007年4月号からANAの機内誌『翼の王国』にて「おべんとうの時間」としてスタートした連載は現在も継続中。

 

お弁当シリーズではモデルではなく、一般の人を撮影されていますが、ポージングなど、気をつけられている部分はありますか。

阿部さん
緊張感を無理に和らげようとしないこと。緊張していても、それが「あるがまま」なのであれば、そのほうがいい。逆にテンションが高くなりすぎている場合は「はい、もう終わりです」と嘘をついて、普段通りの感じになった瞬間を撮ることもありますね。NHKの「サラメシ」という番組では“お弁当ハンター”といわれていますが、本当にわたしはただそこにいるだけなんでね。ただ瞬間を待つだけなんです。

 

逆に人ではなく、お弁当を撮影するにあたり、心がけていることはありますか。
阿部さん
お弁当ってちょっと開けると風味が飛ぶものもあるでしょう。なので、美味しさが逃げないように、冷めないようにスピーディーに撮るように気をつけています。技術的な面というより、人として大切にしていること。あとは美味しそうでよだれが出そうになるから、マスクをしています(笑)。

お弁当、ポートレートの撮影で使用されているのは、日本製のシノゴ(4×5インチのフィルムシートを使用)のフィルムカメラ。

取材先でカメラを組み立て、布で覆って撮っているそう。自然光しか使わないため、シャッタースピードが遅くなるときは、被写体に「あまり動かないでね」と声をかけることも。「この程よい緊張感がかえっていいのか、みんないい表情をしてくれますよ。ちなみに、お弁当のときは、さらに脚立に乗って上から撮ります」と阿部さん。

とても素敵なカメラですが、組み立てて使用するため撮影開始までに時間がかかりますし、場所もとると思うのですが、それでもこのカメラを使い続けているのはなぜでしょう。

阿部さん
4×5はこのカメラにしかないサイズで、この比率が好きなのがひとつ。あと、僕は撮影した写真を大きくプリントアウトしてみんなに見てほしいんです。大きく伸ばしたときに、やっぱり綺麗なんですよね。デジタルでもいい画質のものはあると思うんですけれど、僕の中での一番はこれ。

 

部屋に飾られているあの大きなモノクロ写真もおもしろいですよね。お弁当の写真を大きなモノクロ写真で見るというのは、なんだか引き込まれます。

阿部さん
普段、雑誌や書籍ではカラー掲載していますが、モノクロで写真展をやりたいと思い、プリントしたものです。雑誌の仕事にせよ何にせよ、食べものをモノクロで撮ることって、ほとんどありません。けれど、そこで見えてくるものはいろいろある。米の質感とか、おかずのシワとか、かたちのおもしろさとかね。新たな発見があったりするんです。

こちらは阿部家のお弁当の写真。「これは彼女(奥さん)が僕につくってくれるおにぎりです。具が真ん中に入っていないのが特徴で、食べたら一瞬で出てきたりする(笑)。最初に食べたときはおどろいたんですけど、それはそれでたのしくて」と阿部さん。あえて横に寝かせず、立てたまま撮影しているのは「いつもこうやってお弁当箱に入っているから」とのこと。

ちなみに愛用のお弁当箱は“井川メンパ”と呼ばれる工芸品。冷めてもいい温もりを感じられ、手に持ったときの馴染み感も心地いいのだそう。

 

どのお弁当にも、つくる人や食べる人それぞれのエピソードや、いろんな発見があったりするもの。『翼の王国』の連載「お弁当の時間」、同タイトルの書籍では、阿部さんが撮影されたお弁当の写真に、ライターである奥さまの直美さんが取材文章を添えられています。写真はもちろん、十人十色のエピソードもまた必見です。

『翼の王国 2019年4月号』からは、英語、中国語でも読めるように。

 

日常を撮り続ける

 

今後、撮ってみたいものはありますか?

阿部さん
お弁当はずっと変わらず、つくることも人のものを見るのも好きなので、続けられるだけ続けてみて。あとは部屋の写真を、今度は30年経った今、改めて撮影して、かたちにできたらいいですね。

 

どちらもたのしみにしています。

阿部さん
ありがとうございます。これまでに撮影してきた数だけ、「あるがまま」を撮影させてくださる人に出会っているわけですが、ほんとうにいろんな人がいて。感激するような出会いもたくさんあって。もう、やめられないなって思うんです。

相棒、とも呼べるお気に入りのカメラも見せていただきました。「Hasselbladのロクロク(6×6サイズ)は、フリーになってからすぐに買ったものだから25年くらい使い続けていますね。こうやって、下を向いて覗き込むようにして撮影をするので、被写体にあまり威圧感を与えない。より自然な表情を撮影できるんです」。

 

これからも、さまざまな人の日常を記録し続けていくんですね。
阿部さん
そうですね。僕は人の「あるがまま」を、そこにあるもの、そこにいる人と向き合いながら、撮り続けていきたいです。そして、いろんな見せ方で記録として残していきたいですね。

阿部了(あべさとる)
1963年生まれ。国立館山海上技術学校を卒業後、気象観測船「啓風丸」に機関員として4年間乗船。その後、シベリア鉄道で欧州の旅に出て写真に目覚める。東京工芸大学短期大学部(現在は東京工芸大学)で写真を学び、立木義浩氏の助手を経て95年に独立。2000年頃より手づくりのお弁当と、食べる人のポートレート撮影を開始。作品は2007年4月号からANAの機内誌『翼の王国』にて連載中。2011年からはNHK「サラメシ」にてお弁当ハンターとして出演。

取材・文/西巻香織 撮影/真田英幸