【連載】つくるしごと vol.8 村田沙耶香「平凡からの飛躍。『丸の内魔法少女ミラクリーナ』は誰かのコンパクトのような作品に」

ひとが暮らすリアルな日常と、そこからの刺激的な飛躍。常に、読み手に新しい視点を与えてくれる村田沙耶香さんが、最新作『丸の内魔法少女ミラクリーナ』やこれまでの執筆活動について語ってくださいました。変わらぬ魅力を放ちながらも、これまでとはまた違った味わいをたのしむことができる今回の短編集。自らを「平凡」と語る村田さんが描く“魔法”とはどんなものでしょうか。

【連載】つくるしごと:ものづくりを手がけるプロフェッショナルに、そのお仕事との向き合い方について、お話をうかがいます。

 

今回お話をうかがったのは、小説家でエッセイストの村田沙耶香さん。2003年のデビュー以来、数々の文学賞を受賞し、2016年には小説『コンビニ人間』が第155回芥川龍之介賞作品に輝きます。しかし、「日頃の活動はすごく地味なんです」と笑う村田さん。最新作『丸の内魔法少女ミラクリーナ』のお話とともに、その「日頃」の執筆活動についても詳しくおうかがいしました。

7年前の作品を含めた短編集

ストレスフルな日常を「魔法のコンパクトで魔法少女ミラクリーナに変身する」という妄想を駆使することで乗り切る主人公を描いた「丸の内魔法少女ミラクリーナ」をはじめ、「秘密の花園」「無性教室」「変容」の4篇を収録した短編集。(2020年2月29日発売・KADOKAWA)

 

『丸の内魔法少女ミラクリーナ』がついに発売ですね。たのしみにしていました。
村田さん
ありがとうございます。「いつか本にできたらいいね」と話していたものが、ようやく“なんとか”形になったという感じです。

 

なにか、大きなご苦労があったんですか?
村田さん
まとまった時間で書いたものではなくて、ずいぶん時間が空いてしまっていたりもするので。今回『丸の内魔法少女ミラクリーナ』として1冊にまとめることができて、本当によかったと思います。

『小説 野性時代』(KADOKAWA)で長く連載されていたものの中から4篇を、今回1冊としてまとめられていますよね。たしかに、執筆からすこし時間が経っているものもあります。
村田さん
そうですね。特に『丸の内魔法少女ミラクリーナ』は2013年頃に書いていたもので。ずいぶん前に「ヒーロー」という題材でいろんな方が短編を書くという企画があって、そのとき、わたしは「魔法少女」をテーマに書いたんです。そこがきっかけになって、という感じですね。

 

現在の村田さんから見て、7年前のご自身の作品というのは、どんなふうに映りましたか?違和感や新鮮に感じる部分があったり。
村田さん
変化している部分もあれば、「変わってないな」と感じた部分も結構ありますね。ただ、現在の感覚は、やっぱり7年前と比べるとアップデートされているので。「今なら、こんなきつい言い方しないなあ」という部分や、たとえば「現代なら、ここは“モラハラ”って言葉を使うだろうな」とか、そういう部分は少なからずあったりしました。そこは、改めて手を加えていますね。

平凡だからこそ生まれるもの

今回収録されている『丸の内魔法少女ミラクリーナ』『秘密の花園』『無性教室』『変容』は、それぞれの作品に、時代の移り変わりのような背景も色濃く反映されているように感じましたが、各テーマはどういったところから着想されているんですか?
村田さん
たとえば『無性教室』を執筆した当時(2014年)は、LGBTQについての理解や知識が今以上に浸透していない世の中だったこともあって、わたし自身も言葉を模索していました。セクシャリティに関する問題は、自分の中でずっと大きなテーマとしてありますが、当時はわたし自身の知識も今とは違いました。「性別がない中で、誰かと出会って恋愛をする」というストーリーは、それが反映されているものなのかなと思います。「無性」という性を生きるのは、理解がない中ですごく苦しいだろうな、と考えていて。

 

それはたとえば、報道や世間で扱われているトピックスから「セクシャリティ」というテーマについて気になりはじめたり……。
村田さん
影響という意味で言うと、もっと身近なところだと思います。友人が「女性であること」に過剰に苦しめられていたりするように感じたり、逆に男性であることによって、ものすごくマッチョに振る舞わないといけない、というような価値観に辛い思いをしている男性も、身近な友達にいたりして。話したり考えたりしていました。

 

生活の中で、身のまわりのできごととして、捉えられていたんですね。
村田さん
そうですね。みんなが今以上に性別にとらわれている時代だったので、「性別を取っ払った世界で恋をする」という、苦しみから解放されるような理想郷について考えてみたかったんだと思いますね。もちろん「おもしろおかしく」好奇心を持っているわけではなくて、そのときそのときで、どうしようもなくそのテーマに引っ張られる……といったことはよくあって。今回、本にするにあたってゲラを直しながら、当時のそういう感覚を思い出していました。

ご自身に引き寄せて「どうすれば救われるか」について深く考えてたどり着いたような。
村田さん
ああ、そうだと思いますね。「平凡」というところが、自分の取り柄なのかなあというふうには考えていて。友だちと話していたり、喫茶店で執筆しているときにまわりの会話を聞いていたり。そういう中で覚えた違和感だったりが作品の起点になることがやっぱり多いんですよね。それは、わたしが平凡でごく普通の人間だからこその共感や視点だったりするのかなあと思うので。その中で、わたしなりによく考えてみる、という。

 

当たり前とされている価値観やシステムについて改めて考え直してみることができる、というのは村田さんの作品の魅力のひとつですよね。『タダイマトビラ(2012年)』などでも強く感じましたが、今まで意識したことのなかった人にとっては、“新しい視点を与えてもらったような感覚”を得られるのは、そういった村田さんの考えが背景にあるからかもしれません。
村田さん
そう読んでもらえると、すごくうれしいですね。知らないうちにフィルターやバイアスがかかっていたりすることって、本当によくあると思うので……それが「悪いことだ」というよりは、そこに気づくきっかけになったり、まったく価値観の違う世界をみることでポロっと取れた、というような。なによりも「楽になった」と言っていただけたりすると、やっぱりすごくありがたいです。

日常とは違う世界を夢見る自由

タイトルにもなっている『丸の内魔法少女ミラクリーナ』は、村田さんの新たな魅力も詰まっているようで、特に印象的でした。
村田さん
やっぱり思い入れの強い作品でもありますね。「魔法少女に憧れる女の子」というのは、ある種、自分自身にも重なっているところがあって。これまではそういった面を『地球星人(2018年)』のような、ちょっとドロドロとしたテイストで描くこともあったのですが、この作品はすこし違っているかもしれません。

 

ストーリーも軽快に進んでいきますし、読み終わったあとも爽やかな心地が残った気がします。
村田さん
「魔法少女」に限ったことではないですけれど、妄想や自分だけの世界……みたいなものは、大人になっても大切にしていていいんじゃないかと思っていて。

 

現実世界とはまた別の、時には逃げ込めるような世界を自分の中で持っていると、すごく楽に生きられる気がしますよね。
村田さん
それは本当にあると思うんですよね。そういう人って、結構多いんじゃないかなって。とても大切な聖域だから隠してるかもしれないと思うのですけど。

「自分だけのコンパクト」のようなキーアイテムを持っている人も多いかもしれませんね。
村田さん
「魔法のコンパクト」っていうのは、やっぱりすごく子どもの頃に憧れました。電池を入れるとキラキラ光って。おもちゃのステッキなんかも持っていましたけど、それだと今振り回すと目立ってしまいます。だけど、「コンパクト」って大人になっても化粧品として身近に持ち歩けたりするものですよね。たとえ、ファンデーションの色が実は合わなくても、そのパッケージに惹かれて買ってしまうようなこともあるし。

 

コスメは変身願望も叶えてくれる、まさに「魔法のコンパクト」に近いかもしれませんね。
村田さん
わたしにとっても、そういう存在かもしれないです。実際に、「小説家の日常」って基本的にはやっぱり地味で単調だと思うんです(笑)。喫茶店で机に向かって、何時間もただ書いている、という。そんな地味な日常を、妄想や想像でたのしくすることは、ちっともおかしなことではなくて。誰でもそうですけれど、大人になったって、おばあちゃんになったって、おじいちゃんだって、そういうたのしみは持っていて構わないと思うんです。

短編は「切り身」のように

村田さんにとって思い入れも深い作品として、『丸の内魔法少女ミラクリーナ』を長編化されるアイデアもあったんですか?
村田さん
最初は、『丸の内魔法少女ミラクリーナ』の設定や登場人物で連作短編集を、と考えていたりもして。

 

ああ、そうだったんですね。あくまで短編として。それも、すごくおもしろそうです。
村田さん
でも相談の中で「ちょっと無理があるかもしれない」という意見もあって(笑)。たしかに、4〜5作をとなると難しかったかもしれませんね。結果としては、この形がよかったと思います。

 

執筆される中で、「長編」と「短編」には、やっぱり大きな違いがありますか?
村田さん
「短編」の方が……計画的かもしれないですね。テーマや枚数だったり、締め切りもしっかり決められていることが多いぶん、やっぱりラストに関してもキリッと終わっていることが多い気がします。「これは、長編では書かないラストだな」というような。「長編」だと本当にどんどん破滅的な方向に向かっていくことも多いので(笑)。でも、変わらないのはどちらも書きはじめの時点ではラストは決めていなくて。

書きながら、ストーリーを押し進めていくような。
村田さん
最後までともかく書き切って、ブラッシュアップを重ねていくようなイメージでしょうか。そのブラッシュアップの仕方も「長編」と「短編」で違うのかもしれません。学生時代、小説の指導をしてくれていた先生は、「短編は“切り身”だ」とおっしゃっていて。

 

切り身。お魚のですか?
村田さん
そうなんです。たしかに「長編」だと幼少期からすべてを書くこともわたしは多くて。逆に「短編」はお魚の切り身のように「この部分」とおいしい部分を切り出してスパンッと出す、といった感覚はありますね。

 

切り身のおいしさも、一匹丸ごとを味わい尽くすおいしさも、それぞれ違った良さがありますね。
村田さん
そうですね、それぞれの良さがあるんでしょうね。今回の4篇も「短編ならでは」の展開やラストになっているんじゃないかなと思います。

反省するほど、たのしく書き切る

喫茶店で、ずっと執筆に向き合われている最中は、苦しまれることも多いですか?
村田さん
それが、ちょっと悪い傾向のようにも思うんですけれど、すごくハイになっている時間が長いんですよね(笑)。

 

作品によっては、読んでいても「早くたどり着きたい……」と願ってしまうようなものも多く感じていたので、意外でした。それはきっと、とっても幸せなことですね。
村田さん
どうなんだろう……。きっと、小説家としては「苦しみながらも、冷静に書いている」という方がいい気がするんですけど、とにかく勢いをつけて、まずはバーーッと書き切っちゃう。そのあと冷静に見直して、という作業ですね。冷静な眼差しがないと、やっぱりどうしても独りよがりなものになってしまうので、ハイでたのしく書いて、そこから冷静にジャッジして組み直して、またたのしく書いて……の繰り返しですかね。

没頭していく時間と客観的な視点を持つ時間を切り替えながら。
村田さん
そうですね。逆に、書き始める前の設定を何度も直したりしているときが一番しんどい気がします。短編は、比較的バチっと設定が決まることも多いので、より苦しい時間が短いかもしれないですね。

 

あとは、たのしみながら盛り上がりながら、という感じなんですね。
村田さん
「たのしみ過ぎている」というのは自分の中で欠点かもしれないな、と考えていたりもして、もう一人の冷静な自分、ジャッジする自分、というのを見失わないように注意はしているんです。だけど、たのしいものは仕方がなかったり(笑)。なので、今作を読んでくださる方にしても、本当に全部たのしく書いたものなので、たのしく、自由に読んでもらえるのがいちばんうれしいですね。

読み手が自由に完結させるもの

物語のキーアイテムとしても登場する豚ちゃん。

 

読み手の数だけ受け取り方があるような4篇が揃っている、というのもまた魅力ですね。
村田さん
小説は、「正しい読み方」ってないと思っているので、本当に自由な受け取り方で。わたしは「閉じるのも読書」だと思っているんです。

 

閉じてしまうことも含めて。
村田さん
そうですね。もちろん、小説って読まれることで完結するものだという考えではあって、読んでいるその人の中でどう化学変化が起きるか、どうなるか、が小説の完結だと思うんですが、1冊の本は100人が読んだら100通りに完結の仕方があって、閉じられてしまったことも、その人なりの完結で。「挫折」なんて言わなくていいと思うんですよね。恥ずかしい読み方なんて絶対にないし、自由に読んで、自由に感じてもらえればと願ってます。

 

結末は読み手に委ねられている、そう考えると、さらに視界が広がった気がします。最後に、これから読まれる方にメッセージを頂戴したいです。
村田さん
『丸の内魔法少女ミラクリーナ』をはじめ、これまでわたしの作品とは、ちょっと違った短編集が完成したと思っています。長い時間をかけてまとまったものなので、4編を読んでいただくことで、「ひとりの作家がこうやって変化していくんだ」ということも感じていただけるような、ちょっと変わった短編集かもしれません(笑)。主人公が忍ばせていたコンパクトではないですけれど、違う世界に没頭できたり、楽になったりしていただけると。ぜひ自由に、たのしんで読んでいただければと思います。

 

村田沙耶香(むらたさやか)
小説家、エッセイスト。千葉県出身。2003年「授乳」で群像新人文学賞優秀賞受賞。2016年「コンビニ人間」で第155回芥川賞を受賞し、純文学の新人賞三冠を達成。
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取材・文/中前結花  撮影/真田英幸